野球の道は虹色に輝く@野球まとめ

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    カテゴリ:プロ野球 > 阪神タイガース


    横田 慎太郎(よこた しんたろう、1995年6月9日 - )は、阪神タイガースに所属する鹿児島県日置市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。左投左打。実父は元プロ野球選手の横田真之。 東京都生まれで、3歳の時に鹿児島県東市来町(現在の日置市)へ移住。湯田小学校3年生の時に東市来町湯田ソフトボール
    26キロバイト (3,377 語) - 2019年9月22日 (日) 14:58



    (出典 i.daily.jp)


    横田の入団時や、
    出てきた時のインパクト、忘れられない。

    大きい体から繰り出す打球の鋭さ、
    走塁のスピード、
    間違いなく一流選手になると、我々は夢を見ました。

    突然姿を消して、約半年・・・
    なんの情報も無く、いろんなうわさが飛び交い、
    「横田はどうなったんだ・・・」という時期があり、
    そして闘病生活の発表。

    ショックだったね。

    でもそこから復帰して、いつか1軍のグラウンドに・・・・
    とみんなが願いましたが、かないませんでした。

    でも、まだ24歳だから。
    プロ野球選手、甲子園での大舞台は、一生の最高の思い出として・・・
    第二の人生を健康に過ごして欲しい。
    それが今の我々の心からの願いです。

    夢をありがとう、横田慎太郎。
    本当に、お疲れさまでした。。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

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    感謝を胸に、悔いなくユニホームを脱ぐ-。脳腫瘍からの復帰を目指していた阪神横田慎太郎外野手(24)が22日、西宮市内の球団事務所で会見し、今季限りでの引退を表明した。13年ドラフト2位で入団し、3年目の16年に開幕スタメンで1軍デビュー。将来の主軸と期待されたが、17年2月に病気が判明。半年間の闘病から復帰し、18年には育成契約を結んで再起を目指してきた。後遺症による視力への影響で、涙ながらに引退を決断した。

    背番号124のユニホーム姿で会見に臨んだ横田。表情は凜(りん)と、勇ましかった。「今シーズンでユニホームを脱ぐことを決めました。自分の決めたこと。全く後悔はありません」。闘い抜き、やりきって下した決断だった。

    プロ3年目の16年開幕戦に2番中堅でデビュー。大型外野手として期待されたが、17年2月のキャンプ中に脳腫瘍が判明した。半年間の闘病後、症状が消えて安定した状態となる「寛解」と診断された。18年には育成契約を結び、リハビリの日々を送ってきた。ただ、後遺症で球が二重に見え、打撃と守備で影響があった。「1球もボールがきれいに見えなかった。毎日、苦しかったですし、これが来年も一緒だったらと。もう本当につらかったので、自分で(引退を)お願いしました」と明かした。

    また、大病を宣告された当時を「頭が真っ白になり今後、野球ができるのか不安ではありました」と振り返り、それでも応援してくれるたくさんの人の存在に「感謝しかありません」と言葉にした。

    ここまで支えてくれた両親への思いを問われると、涙がほほを伝った。治療薬の副作用で髪が全部抜けた際「お父さんが鹿児島から、髪を丸刈りにして部屋まで来てくれた」「お母さんも仕事を辞めてまで、こっちに来てくれた」。15時間にも及ぶ大手術の後は視力が回復せず「トイレに行くにも、ご飯を食べるにも、見えないので両親の手がないといけない。本当に毎日『何をしてるんだ』と思いながら自分は入院していました。最後こうやって野球できたのは本当に素晴らしい両親のおかげ。感謝の気持ちしかありません」。目頭を押さえ、思いを伝えた。

    球団から今後について話をもらっており「しっかりもう1回、両親と考えていきたい」。同じ病気で苦しむ人たちへの言葉を求められると、涙を拭って言った。「何らかの形で、少しでも良いところを見せられるように」。横田は胸を張って、第2の人生を歩み出す。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/09/22(日) 08:13:22.47

    阪神・横田慎太郎外野手(24)が、今季限りで現役を引退することが21日、分かった。
    将来の中軸候補として期待された大型外野手は、17年に脳腫瘍を患い半年間の闘病を経験。
    復帰後は1軍の舞台を目指して不屈の精神でトレーニングを続けてきたが実戦出場もかなわなかった。
    野球を愛し、すべてを捧げてきた生粋の「野球少年」が、自らの意思でユニホームを脱ぐ。

    どれだけ重く、苦しい決断だったか。横田が、野球をやめる。6年間、泥だらけにしてきたユニホームを脱ぐ時が来てしまった。

    高卒4年目だった17年2月。1軍メンバーに名を連ねた沖縄春季キャンプ中に頭痛の症状を訴え、脳腫瘍が判明。
    半年の闘病生活を経て、8月下旬には症状が消え安定した状態となる「寛解」と診断され、9月3日に虎風荘に戻り、リハビリを開始した。

    育成契約で再起を期した18年の春季キャンプで屋外フリー打撃を再開。
    守備でシートノックに入り、ホームでの公式戦ではベンチ入りして仲間に声援を送るなど、実戦出場へ向けて着実にステップを踏んできた。

    「背番号24を取り戻す」――。胸に刻んできた言葉だ。地元・鹿児島では、見知らぬ人から声をかけられることも増えた。
    「試合に出て恩返ししたい」。誰かのために、という思いは日々強くなった。
    一方で、走攻守で試合出場できる状態にはいまだに至っておらず、今季もここまで公式戦出場はない。
    来季へ目を向けた時、心身ともに限界を感じ、自ら区切りをつけた。

    ポテンシャルの塊と言えるその体躯に誰もが夢を見た。入団3年目の16年。
    春季キャンプから実戦で圧倒的な結果を残して就任1年目だった金本監督の目に留まり、開幕スタメンを奪取した。
    3月25日の開幕戦でプロ初盗塁、同2戦目にはプロ初安打もマークするなど、1軍で38試合に出場し存在感を示した。

    「もう一度、甲子園で暴れ回る」。“その時”のために本拠地での登場曲は昨年から、ゆずの「栄光の架橋」に変更。大切な1曲だった。
    「入院中、抗がん剤、放射線治療の影響で今までできていたことができなくなった。
    自力で立ち上がれなかったり、目の前にあるものが取れなくなったり…」。心が折れかけた中で、背中を押してくれた歌だった。

    「本当に力をもらった曲。この曲で打席に向かいたいんです」

    鳴尾浜の室内練習場にバットと小型スピーカーを持って向かうことが当たり前になった。「曲を流してイメージしてます」。聖地へとつながる「架橋」をただ信じて、懸命にバットを振り続けた。

    球団は、セカンドキャリアに関してもサポートする考えで、本人の意思を尊重し今後の進路は決まる。ファンに最後の別れを告げる引退セレモニーも検討している。

    振り返れば、すべてを出し切ったと思える6年。数え切れない夢を背負ったまま、横田は、野球をやめる。(遠藤 礼)

    ◆横田 慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日生まれ、鹿児島県出身の24歳。
    鹿児島実から13年のドラフト2位で阪神入団。3年目の16年に1軍デビューを果たし、シーズン38試合で打率・190、4打点、4盗塁。
    翌17年2月に脳腫瘍が判明。入院、治療を経て8月下旬に寛解。同年オフに育成選手となる。1メートル87、94キロ。左投げ左打ち。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-00000115-spnannex-base
    9/22(日) 5:40配信

    http://npb.jp/bis/players/31635139.html
    成績


    (出典 i.daily.jp)




    ロッテオリオンズ 川崎球場 応援歌 (vs Fighters) 


    【【野球】阪神・涙がとまらない引退会見 横田「ボールが2重に見える」苦渋の決断、ファンにとって最高のロマンだった】の続きを読む


    阪神鳥谷V打&激走でセーフもぎ取る「先制点をと」 - 日刊スポーツ
    今季限りでの退団を表明している阪神鳥谷敬内野手が先制打を放った。両チーム無得点で迎えた5回1死一、二塁で代打登場。1ボールからバリオスの真ん中に入った144キ ...
    (出典:日刊スポーツ)


    鳥谷 敬(とりたに たかし、1981年6月26日 - )は、阪神タイガースに所属する東京都東村山市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。 日本野球機構(NPB)の一軍公式戦1939試合連続出場、13シーズン連続全試合出場(いずれも歴代2位)、史上50人目の公式戦2000本安打および、史上15人目の
    104キロバイト (14,476 語) - 2019年9月12日 (木) 15:38



    (出典 baseballgate.jp)


    甲子園全体がね、凄い雰囲気でしたね。

    でも、関係なく
    あきらかに鳥谷の状態があがっていますよね!

    正直シーズン中盤までは、本当に打てる感じがしませんでした。
    ただ今はオーラというか、打ちそう!という雰囲気が凄いですね。

    かなり調子が上がっている気がします。

    それは、鳥谷もファンも、もちろん首脳陣も、
    みんなわかっているので、、、
    球団は本当に複雑ですよね。。。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

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     今季限りでの退団を表明している阪神・鳥谷敬内野手が、今季初めて甲子園のお立ち台に立った。五回1死一、二塁から代打で決勝点となる先制の左前適時打。このタイムリーで通算822打点となり、岡田彰布に並ぶ球団歴代4位タイとした。

     梅野とともにお立ち台に上がった鳥谷のヒーローインタビューは以下の通り。

     -今季初めてのお立ち台。甲子園のお立ち台から見える景色は。 「なかなかここに立つ機会がなかったので、懐かしい感じがします」

     -良い風景ですか。

     「たくさんのファンの方が最後まで残ってくれているのでうれしい限りです」

     -五回、代打で出るシーン。甲子園球場が大歓声だった。

     「打席にね、入って名前がコールされたときにすごい声援を自分も感じてましたし、その声援に後押しされていいヒットが打てたと思います」

     -レフトに抜けたときの気持ちは。

     「なんとかジョウ(北條)がかえってくれたので、ほっとしたというか、つなげて良かったと思いました」

     -今季限りでタイガースのユニホームを脱ぐことが公表されている。毎日どんな思いで準備している。

     「きょうもそうですし、たくさんのファンの方が自分の打席に入ったときに声援してくれている。その声を力にね。1打席ですけど、そこに向かって毎日準備しています」

     -甲子園では残り3試合。甲子園とは。

     「プロに入ってからずっとこの球場で育ちましたし、この球場の思い出はたくさんあるので。そういう意味では特別な場所だと思います」

     -ファンにメッセージを。

     「残りね、4試合。自分たちできることは4試合全部勝つことなので、そこに向けて選手全員で頑張っていきたいと思いますので、最後まで応援よろしくお願いします」

    716 風吹けば名無し :2019/09/22(日) 21:34:05.14

    近本「残り全部勝ちます!」→翌日ヤクルトに大敗
    鳥谷「自分達が出来るのは残り4試合全部勝つ事」


    【【野球】阪神・ファン感涙☆ 鳥谷が代打で決勝タイムリー!今季初ヒーローインタビュー 】の続きを読む


    阪神・横田、脳腫瘍から復帰も実戦出場かなわず引退 セレモニーも検討 - スポニチアネックス Sponichi Annex
    阪神・横田慎太郎外野手(24)が、今季限りで現役を引退することが21日、分かった。将来の中軸候補として期待された大型外野手は、17年に脳腫瘍を患い半年間の闘病を ...
    (出典:スポニチアネックス Sponichi Annex)


    横田 慎太郎(よこた しんたろう、1995年6月9日 - )は、阪神タイガースに所属する鹿児島県日置市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。左投左打。実父は元プロ野球選手の横田真之。 東京都生まれで、3歳の時に鹿児島県東市来町(現在の日置市)へ移住。湯田小学校3年生の時に東市来町湯田ソフトボール
    25キロバイト (3,254 語) - 2019年9月21日 (土) 21:57



    (出典 pbs.twimg.com)


    一瞬の輝きでした。
    甲子園のライトスタンドへ軽々跳ばすパンチ力。

    凄まじい俊足、守備力!

    誰もが、誰もが未来のスター誕生に胸を躍らせました。

    そんな時に、あまりにも残酷な大病!!

    そして、引退の決意。
    こんな残念無念なことはない。

    せめて、これからの横田の第二の人生が素晴らしいものになることを願う。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

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    阪神・横田慎太郎外野手(24)が、今季限りで現役を引退することが21日、分かった。将来の中軸候補として期待された大型外野手は、17年に脳腫瘍を患い半年間の闘病を経験。復帰後は1軍の舞台を目指して不屈の精神でトレーニングを続けてきたが実戦出場もかなわなかった。野球を愛し、すべてを捧げてきた生粋の「野球少年」が、自らの意思でユニホームを脱ぐ。

    1 風吹けば名無し :2019/09/22(日) 01:51:50.92

    https://pbs.twimg.com/media/EFALanpU0AAPuC6?format=jpg&name=large


    【【野球】阪神・残念!横田が引退 脳腫瘍から復帰もわずか24歳で無念の引退】の続きを読む


    北條 史也(ほうじょう ふみや、1994年7月29日 - )は、阪神タイガースに所属する大阪府堺市南区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。 小学校4年から野球を始め、美木多中学校時代は「オール狭山ボーイズ」に所属していた。 中学校の2学年先輩にプロでチームメイトとなる一二三慎太が、小中高時代のチームメイトに田村龍弘がいた。
    36キロバイト (5,004 語) - 2019年8月30日 (金) 16:03



    (出典 livedoor.blogimg.jp)


    ヒーローインタビュー

    北條がホームランを打ってくれました!
    西「正直、泣きそうでした」
    北條「泣きそうなんやったら、泣けや」

    wwwwww

    いいね、北條。
    今シーズン、全体的にはそんなに良くないのですが、
    今日の活躍はものすごく価値が高いと思います☆

    もちろんインタビューは最高でしたw

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    まだ終われない、終わらない。阪神北條史也内野手(25)が同点の8回、決勝2ランを放った。

    負ければCS進出の可能性が消滅し、矢野阪神1年目のBクラスが確定した崖っぷち。新人木浪に遊撃を譲る背番号2が、男の意地でチームを救った。奇跡へ負けられない試合が続くが、わずかでも望みがある限り諦めない。

    負けられない思いが乗った打球は、赤と黄色が入り交じる左中間席に届いた。座席に当たってグラウンドにはね返った打球を目で追った北條は、二塁手前まで全力疾走。本塁打の判定が出ても勢いそのまま、本塁を駆け抜けて一塁側ベンチへ飛び込んだ。矢野監督や選手らとハイタッチを交わし、最後は熱投を続けた先発西と熱い抱擁で喜んだ。

    北條 やり返すイメージでいきました。絶対、打ってやろうという気持ちで。

    同点の8回1死二塁。広島2番手菊池保の初球、内角寄りの136キロシュートを振り抜いた。決勝の5号2ラン。「外野が前だったので、芯に当たったら超えていくかなと」。今季4打席無安打の相手にコースを広く使う特徴を頭に入れ、前回打ち取られた同じシュートを完璧に仕留めた。新人木浪に遊撃を譲る形で控えが多く、この日も6回の代打から途中出場。限られた打席で男の意地を見せた。打てば先発西に9勝目の権利が付く場面。「ここしかない」と思いを乗せた。

    甲子園の一塁側ベンチに北條が刻んだ“足跡”があった。いつも北條が座る最前列のシートは、立ち上がって激しく喜ぶ際に登るスパイクの跡で破れ、穴だらけになっていた。試合で活躍する選手を横目に「声を出すしか(貢献できることが)ないんで」と漏らしたこともある。だが、決して腐らなかった。控えのベンチでも仲間を鼓舞しつつ出番に備えて前のめりに。そんなひたむきさを野球の神様も見ていたのだろう。

    指揮官は木浪に代わって北條を代打起用にしたことについて「そういう(ガッツを出す)選手がこういう結果を出してくれるのは、何か変わる要素になりえると思った」とうなずいた。金本前監督らが何度も痛い目に遭ってきた広島戦の5年ぶり勝ち越しも決めた。逆転CS進出へ、残り6試合の全勝が最低条件で迎えた一戦。試合前の円陣ではナインから「トーナメントと思って」という言葉も出た。北條も「負けたら終わりなので。そういう気持ちしかないです」と力を込めた。奇跡の逆転CS進出へ、崖っぷちの戦いは続く。残り5試合も一戦必勝。まだ、シーズンを終わらせたくはない。

    2 風吹けば名無し :2019/09/21(土) 16:32:41.08

    勝てると思わなかった


    【【野球】阪神・これぞ値千金!北條「西さん、泣けやw」完ぺきな決勝2ラン☆CS進出崖っぷちで若き仕事人が最高の決勝アーチ!!】の続きを読む


    近本 光司(ちかもと こうじ、1994年11月9日 - )は、阪神タイガースに所属する兵庫県淡路市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。 淡路市立学習小学校2年時に軟式野球チームの「仮屋クラブ」に入団し野球を始める。淡路市立東浦中学校時代は同校の軟式野球部に所属。
    20キロバイト (2,534 語) - 2019年9月19日 (木) 14:28



    (出典 pbs.twimg.com)


    新人王にかんしては、
    現時点で35本のホームランを放ち、
    100打点も視野にいれている村上がいますからね。

    もちろん村上が本命!と言えますが・・・

    ただね、
    シーズン安打数154、長嶋茂雄さんを抜きセ・リーグ記録を樹立!
    そして、もし盗塁王を獲得となると、
    通常のシーズンでしたらダントツで新人王ですよねw

    そう考えると、近本選手にも可能性があるのではないかと考えちゃいますよね。

    もちろんたとえ新人王がとれなかったとしても、
    今年の近本の活躍になんら影が出来る訳ではありませんけどね!

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    ----------------------------------
    阪神近本光司外野手(24)がヤクルト戦の1回に右前打を放ち、今季通算154安打となった。58年長嶋茂雄の153安打を超えセ・リーグ新人最多安打記録を更新した。

    -セリーグの新人安打記録達成

    ありがとうございます。

    -率直な気持ち

    パネルを頂いて、ファンの方からも歓声を頂いて、少しだけ実感わいたかかなという気持ちです。

    -その歓声というのは

    いつも、ヒットやタイムリーを打ったときに頂くんですけど、また違った感じがしました。

    -長嶋さんの記録を61年ぶりに塗り替えた

    正直あんまり分からないので、そこは考えていませんでした。

    -開幕戦から積み重ねてきた、1番印象に残っているヒットは

    1番はじめの開幕戦で打てたヒットです。

    -盗塁もトップ、新人王と盗塁王の2冠が現実味帯びてきた。

    まだ試合があるのでどうなるかわからないので、自分のできることをやっていきたい。

    -今後について

    まだCSの可能性があるので、残りの試合をしっかり勝ちたい。

    -具体的な目標は

    とりあえず1日1本打ちたいなと思います。

    -プロ初の3番起用

    とくに、あまり深く考えずに3番目に打席に入るということを考えていました。初回で2死からだったので、3人で終わるよりは。しっかりボールも見ながらという感じでした。

    -記録の反響は

    少々と。僕自体は、あまり深く考えていない。連絡をいただいたときに、ああ、よく見てくれているんだなという感じです。

    -状態の波はあった

    いいときもあれば悪いときもある。しっかり自分の持っている大事な部分を失わないようにと思っています。しっかりタイミングを合わせてストレートに振り負けないように。調子が悪くなる原因はタイミング。自分の得意なボールが打てなくなると、余計に打てなくなるので。

    -全国のファンに印象つけている

    正直、そこまでは考えられていない。オールスターとかだったら、考えられていましたけどね。

    2 どうですか解説の名無しさん :2019/09/19(木) 18:29:09.55

    えらいあっさりやなw


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