野球の道は虹色に輝く@野球まとめ

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    カテゴリ:高校野球 > 高校野球全般


    12球団合同トライアウト(12きゅうだんごうどうトライアウト)は、日本野球機構(日本プロ野球)に属する全12球団が合同で行う自由契約選手を対象としたトライアウト。2001年に開始された。 日本においては球団が保有する選手との契約を次年度も希望する場合、11月末日までに日本野球機構に契約保留選手として
    28キロバイト (4,107 語) - 2020年3月2日 (月) 11:55



    (出典 mop-upguy.cocolog-nifty.com)


    大会も無い、学校にも行けないでは、本当に厳しいですからね!
    トライアウトで素晴らしい選手が見つかることを願います。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 風吹けば名無し :2020/06/25(Thu) 16:14:13

    プロ志望届を提出する高校生の希望者を対象に、NPBと日本高野連による「合同練習会」が実施されることが25日、決まった。この日の日本学生野球協会の理事会で、日本高野連からの申請が承認された。

    プロを目指す高校生を対象としたトライアウトとも呼べるものになりそうだ。詳細は今後、NPBと日本高野連の両事務局で詰め、7月20日前後に要項を発表するが、紅白戦なども行われる見通し。2軍の指導者が高校生を相手にノックなどを行うことも考えられる。
    https://www.nikkansports.com/baseball/news/202006250000578.html


    【【野球】希望!NPBと高野連、高校3年生救済の合同“トライアウト”開催へ!】の続きを読む


    花巻東高等学校(はなまきひがしこうとうがっこう, 英: Hanamaki Higashi High School)は、岩手県花巻市にある私立高等学校。通称「花(はなとう)」。 花巻商業高等学校 1954年 - 花巻商業専門学院創立 1956年 - 花巻商業専門学院廃止。学校法人花巻学園認可。花巻
    9キロバイト (961 語) - 2020年6月2日 (火) 07:10



    (出典 www.iwanichi.co.jp)


    確かにすさまじい怪物が誕生してますよね!

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    管理人:kanpabelle

    1 鉄チーズ烏 ★ :2020/06/18(木) 18:38:07.35

    6/18(木) 6:00配信 毎日新聞
    https://news.yahoo.co.jp/articles/f3df4f8ae7558dbb6fc1b2a0a3aa4d72997f3ebb

    (出典 cdn.mainichi.jp)


     新型コロナウイルスの影響で2020年夏の全国高校野球選手権は中止になったが、近年の夏の甲子園大会で目立つのが東北勢の活躍だ。08~19年の12年連続で8強入りし、11、12年の光星学院(現八戸学院光星、青森)、15年の仙台育英(宮城)、18年の金足農(秋田)と準優勝4回を数える。かつては北国のハンディを指摘された東北勢が、夏に安定した成績を残せるようになった要因とは。

     福島・聖光学院は19年夏の全国選手権で戦後最長出場記録を13年連続に更新した。福島県出身の斎藤智也監督(57)が「東北勢の底上げに大きく寄与していると思う」と話すのが、出場機会の少ない1、2年生に経験を積ませる「みちのくフレッシュBリーグ」の存在だ。盛岡大付、一関学院(いずれも岩手)、日大山形、東海大山形、聖和学園(宮城)を含めた6チームが4~7月にリーグ戦を行う。聖光学院の呼びかけで始まり、既に10年以上が経過した。新型コロナの感染拡大で今年は行われていないが、斎藤監督は「活躍次第で主力のAチームに昇格できる。選手のやる気も上がる」と効果を口にする。

     1999年に就任した斎藤監督は01年夏にチームを甲子園初出場に導き、08、10、14、16年夏と13年春のセンバツの計5回、8強入りした。夏16回、春5回の出場で23勝(夏19勝、春4勝)を挙げた。全国選手権とセンバツを合わせた都道府県別勝利数で福島県は42位の45勝で、その半分以上を聖光学院が積み上げた。チーム作りで対話を重視する斎藤監督は「地元だけでなく、県外からも選手が来てくれるようになった。ただうまいだけでは下級生からレギュラーになれない。チームのために何ができるか。3年かけて指導し、心の成長を待つ。それが連続出場につながっているのかな」と語る。

     みちのくフレッシュBリーグに参加している盛岡大付の関口清治監督(43)は08年に就任した。現役時代は捕手として、チーム初の甲子園となった95年夏の選手権出場に貢献した。監督としては、チーム春夏通算10回目の出場だった13年春のセンバツで甲子園初勝利をつかむと、17年は春夏連続8強入りした。

     花巻東の菊池雄星(現米大リーグ・マリナーズ)、大谷翔平(同エンゼルス)ら好投手が同じ県内にいたこともあり、打撃をとことん磨いた。2カ月ほど速球対策に取り組むという。バットの芯で捉えることを覚えるため、芯を外すと手がしびれる竹バットを使う。マウンドの約6・5メートル手前から投げてもらった球を打ち込み、直後にケージ裏でベンチプレスを上げて筋力も鍛える。今では強打がチームの看板になった。

     さらに関口監督が「大きな自信になった」と振り返るのが、14年夏の甲子園の初戦で東海大相模(神奈川)を破ったことだ。「優勝経験校に勝ったことで、良い意味で甲子園に慣れてきた」と言う。

     また日大山形が13年夏に県勢初の選手権4強入りを果しており、県を超えた取り組みは確実に甲子園で実を結んでいる。【上鵜瀬浄】


    【【高校野球】雄星、大谷、佐々木朗希、東北勢はなぜ強くなったのか!やる気出させ、勝利に自信持たせる戦略とは】の続きを読む


    日本高等学校野球連盟 (高野連からのリダイレクト)
    して公益財団法人日本学生野球協会を構成している。高野連の2019年7月3日の発表によれば、5月末時点での全国の加盟校数と野球部の部員数は、部員数は、14万3867人、加盟校数は、3957校[1]。 略称は日本高野連(にほんこうやれん)または単に高野連(こうやれん)とも。
    21キロバイト (2,855 語) - 2020年3月4日 (水) 14:08



    (出典 i.ytimg.com)


    プロアマの垣根を越えて・・・
    これはいいことですね!

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 首都圏の虎 ★ :2020/06/16(火) 05:26:37.78

    プロ野球選手会が日本高野連に対し、約1億円を寄付をすると発表した。

    選手からの寄付で47都道府県に均等に分配。各都道府県が開催する独自の地方大会の費用に充てられる。一般社団法人日本プロ野球選手会の理事長を務めるソフトバンク松田宣は「(金額は)すごいですよ! 選抜の特別試合はあるが、やはり甲子園が、夏の高校野球がなくなり、選手会として寄付をしてあげたいなという思いです」と球児を思いやった。


    6/15(月) 20:31配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/883bd44375f3c3c087eb34ce5396045489c3bfd7

    (出典 amd.c.yimg.jp)


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    清原 和博(きよはら かずひろ、1967年8月18日 - )は、大阪府岸和田市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、野球評論家、タレント。甲子園通算最多本塁打数記録保持者(13本)。NPBサヨナラ安打(20本)、サヨナラ本塁打(12本)、オールスター戦通算打点(36点)の最多記録保持者。
    145キロバイト (23,314 語) - 2020年6月15日 (月) 08:40



    (出典 cdn.asagei.com)


    無事、執行猶予満了。
    良かったですね。

    これからが本当の戦いになるかもしれません。

    野球ファンとして、清原和博にエールを贈りたいと思います。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人∶kanpabelle

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/15(月) 16:15:09.22

    2016年に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた清原和博氏(52)は15日、執行猶予が満了したことを報告した。この日刊行された清原氏の著書「薬物依存症」を出版した株式会社文藝春秋が、マスコミ各社に宛てたFAXで清原氏のコメントを公表した。

     清原氏は「私、清原和博は本日6月15日をもちまして、覚せい剤取締法違反に対する、懲役2年6カ月、執行猶予4年を満了することとなりました」と報告した。「私を支えてくださっていた野球ファンの皆様、野球関係者の皆様、報道関係者の皆様、私に個人的に関わっていただいた皆様に、多大なるご心配をおかけしましたことを、あらめてお詫び申しあげます」と謝意を述べた。

     さらに「逮捕されてからこの4年間で私自身がどのように変われたのか、実感や自信を持てずにいるというのが正直なところです」と近況を報告。「ただ、自分の行為を悔いる日々の中で、これまで私がいかに多くの人の力によって生かされていたのかという事実に気づきました。薬物依存症の治療を進める中で、薬物の恐ろしさ、この病気の実態を知り、人と繋がっていくこと、人に助けてもらうことの大切さを知りました。生きがいを見つけようとする中で、清原和博という人間がいかに野球によって救われてきたかということを再認識しました」と胸中を明かした。

     そして「薬物との戦いに終わりはありませんが、私はこれからの人生を薬物依存症で苦しむ人たちと、野球界、とくに私自身の原点でもあります高校野球に捧げたいと考えております」と誓った。

     また、清原氏は「不安、絶望、微かな希望。これが今の僕の全てです 清原和博」と直筆メッセージも寄せた。

    6/15(月) 14:12 Yahoo!ニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200615-00000155-spnannex-base


    【【野球】清原和博、執行猶予満了!これからの人生を「薬物依存症の人たちと、野球界、高校野球に捧げたい」】の続きを読む


    石井 浩郎(いしい ひろお、1964年6月21日 - )は、秋田県南秋田郡八郎潟町出身のプロ野球選手で、現在は参議院議員、実業家。2010年、参議院議員選挙に自由民主党から立候補して初当選。当選2回。 八郎潟町立一日市小(6年生の時に統合して八郎潟町立八郎潟小学校となる)、八郎潟町立八郎潟中学校を
    27キロバイト (2,597 語) - 2020年6月12日 (金) 12:35



    (出典 i.daily.jp)


    石井浩郎のバッティング好きだったな。

    しなりのあるフォームから力強い打球を飛ばして、あごがれました!

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    管理人∶kanpabelle

    1 鉄チーズ烏 ★ :2020/06/11(木) 18:36:49.05

    2020年06月11日 09:15野球
    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/06/11/kiji/20200611s00001000065000c.html

    (出典 www.sponichi.co.jp)


     センバツに出場するはずだった球児たちに甲子園でプレーする機会が与えられることになった。一度は諦めた夢の舞台だけに、32校の選手、父兄、関係者らにとってはうれしいニュースとなったに違いない。

     一方、人知れず水面下でセンバツの代替開催を働きかけていたある人物も、この知らせを喜んだ。元プロ野球選手にして、現在は参議院議員の石井浩郎氏だ。

     3月13日にセンバツの中止が決まった直後から「何とか選手たちに甲子園で試合をやらせてあげる方法はないか」と具体的な策を練っていた。そして数日後には、学校の授業がないゴールデンウィークの5月1~6日に甲子園で各校1試合ずつ行うことを軸とするプランを携え、各方面との折衝に動いた。

     このプランを実現するためには何より主催の日本高野連と毎日新聞社の了承がいる。さらにこの時点でプロ野球は4月24日開幕を目指しており、甲子園は5月2、3日に阪神―ヤクルトのデーゲームが入っていた。そのため、阪神球団にナイターへの移行をお願いし、昼間は高校野球に貸してもらわなければならない。すでにチケットの前売り券発売は始まっており、中継を予定しているテレビ局の編成面の問題もある。クリアしなければならない問題はいくつもあった。それでも石井氏は「できない理由を並べるより、まず動かないと」とNPB、日本プロ野球OBクラブ、阪神、早大やプロでの先輩、後輩らを相手に代替開催の必要性を訴え続けた。3月24日には大阪を訪れ、日本高野連と毎日新聞社に直訴した。さらに野球界だけでなく、首相官邸にまで出向いて理解を求めたという。あらゆる人脈を使いながら実現への糸口を探った。

     なぜ、石井氏がここまで動いたか。今回、自身の地盤の秋田県勢はセンバツに出場しない。「秋田勢が出ていたら〝自分のためにやっている〟と言われてしまう。だから動けた。地元のためではなく、野球をやっていた人間として何か力になれることはないかと思った」という。もちろん政治家として参議院で文教科学委員会の理事を務めている使命感もあっただろう。だが、一人の野球人として、球児たちを放っておけなかったというのが大きな理由だった。

     秋田高出身の石井氏は甲子園に出場していない。早大―プリンスホテルから近鉄に入団し、巨人、ロッテ、横浜の4球団でプレー。現役通算13年で162本塁打を放つなどプロでは実績を残した。それでもやはり甲子園は特別なものだという。「甲子園は素晴らしいよ。甲子園でプレーできる機会なんて、ほとんどの高校球児は一度もないんだから」。

     結局、3月25日に東京で初の40人越えとなる41人の感染者が出るなど、この日を境に首都圏で感染者が急増。プロ野球の開幕再延期が決定し、スポーツ大会開催へ向けた気運も萎んでいった。石井氏のセンバツ代替開催プランも日の目を見ることはなかった。

     そして6月10日。紆余曲折を経て、日本高野連はセンバツに出場予定だった32校による甲子園での交流戦実施を発表した。期間は8月10~12日、15~17日の6日間で、各校1試合ずつを行うというもの。石井氏のプランと相似点もある。石井氏は今回の決定について「オレは何もできなかったけど、父兄や選手のことを思うと本当に良かった」と語るのみだが突然、甲子園を失った選手のために、こんな汗をかいた人物もいたことは記しておきたい。 (記者コラム・白鳥 健太郎)


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