野球の道は虹色に輝く@野球まとめ

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    タグ:トレード


    江本 孟紀(えもと たけのり、1947年7月22日 - )は、高知県香美郡土佐山田町(現:香美市)出身で、高知県高知市育ちの元プロ野球選手(投手)、元政治家、野球解説者。 愛称は「エモやん」。現役時代の通算24ボークは日本記録。 現役引退後は野球解説者、野球評論家、政治家、タレント、俳優、実業家として活動している。
    73キロバイト (10,533 語) - 2020年5月27日 (水) 06:59



    (出典 wpb.shueisha.co.jp)


    野球人生を変えた移籍

    (出典 Youtube)


    2軍降格は時代錯誤。
    罰金処分かトレード!

    なるほど、江本さんらしい考え方ですね。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 ニーニーφ ★ :2020/05/30(土) 17:22:18.89

     阪神の藤浪晋太郎投手(26)が5月29日、遅刻を理由に2軍降格となった。
    3月26日に、“球界第1号”という嬉しくない形で新型コロナウイルス感染が判明。
    決して褒められない会食に参加したうえでの感染だけに「軽率だった」と反省の弁を述べていた。
    野球で失地回復を期していたところに再びの“ガッカリ”事案。昨年未勝利の右腕の無期限2軍行きが決まったが、評論家からは、「その処分は間違い」といった指摘の声があがっている。

     ***

     阪神の矢野監督は今回の処分について、こう明かしたという。

    「練習に遅刻してきたんで、昨日。新たにみんな頑張ろうという中で練習に遅れてくるというのはこっちとしてもすごく残念やし、全体の信頼を失うようなことだった。
    ここ(1軍)にいてみんな同じ気持ちでやっていくのが難しいという判断。人なんでミスもあるけど、これが初めてじゃないので」

    「初めてじゃないので」の言葉がなんとも痛く響くのだ。
     藤浪はコロナ禍の3月14日、大阪市内の知人宅での会食に参加。21日に「匂いを感じにくい」と自覚症状を訴え出た。そして26日、PCR検査を受けた結果、陽性判定。
    入院→自宅待機を経て4月24日に2軍自主練習に合流し、再起を誓っていた矢先だった。

     そもそも、7年目だった2019年シーズンは初の勝利ゼロ。それだけに期するものが大きかったはずだが、遅刻は空回りというよりは自己管理の甘さそのもの。矢野監督も堪忍袋の緒が切れた格好のようだ。

     これについて、阪神OBで評論家の江本孟紀氏はこんな評価をする。
    「練習に遅れるとか門限に間に合わないとか無断外泊とか、そういった違反にたいするペナルティは、我々の時代、罰金でした。
    2軍に行かせるっていうのは正直どうなの? って感じがしますね。教育的指導の観点からそうするわけですが、果たして今どきその効果があるのか、疑問を感じますね」

    「プロはカネを稼いでなんぼという*べてはカネで評価される世界ですから、罰も罰金が適当だと思うんです。僕らの頃はたとえば1度やると3万円、2度目は6万円、さらに重なると10万円とどんどんあがっていって、これは結構キツいんですよ(笑)」
     
     真綿で首を締めるような苦しさに耐えかねて、自己管理を徹底することになるのだという。

     また、あるプロ野球関係者によると、
    「藤浪はイップス、つまり精神的な原因により平常の動作に支障を来たす症状に罹患しているのではという指摘もあります。実はイチローも高校時代にイップスに苦しんだと明かしているんです。
    仮にイップスが事実だとして、この2軍落ちでさらにプレッシャーを感じるようなことになれば、見せしめ効果と本人の猛省を促そうという球団の狙いがお門違いということになりかねないですね」

     「確かにミスというかチョンボというか、ホメられないことが続いているけれど、あんまり感情的になるのはよくないですよ」
     と、再び江本氏。

    「あれだけの素質があって、素晴らしいボールを放れるピッチャーです。それを阪神は生かし切れていないように映りますね。ケチをつけすぎるというのかなぁ。
    そろそろ環境を変えるタイミングが来たのかもしれません。水が合う合わないというのはどうしてもあります。僕の場合はすぐにどんどんトレードに出されましたからね、よくわかるんです(笑)」

     確かに江本氏は、東映フライヤーズ(1971)→南海ホークス(1972~1975)→阪神タイガース(1976~1981)といった具合だ。加えて、“再生工場”にふさわしい移籍先について聞くと、

    「パ・リーグで言うと、日ハムはいいかもしれません。栗山監督は人の使い方がうまいですよね。彼なら例えばですが、藤浪をリリーフに回すとかそういう発想をするかも。
    ソフトバンクも選手層が充実していますから、毎年働き続けてほしいというよりは、“この期間だけでも力を発揮してくれれば”というような余裕がある。選手としてはのびのびできますよ」

    「セ・リーグだと巨人はやめといた方がいいです。阪神と同じくベンチからの圧(力)が結構強いですから(笑)。それとは対照的にヤクルトはゆるい感じでね、牧歌的ですから、あんまり細かいことにはくよくよするなよって空気があって、それまでの緊張感から解き放たれて大活躍につながる可能性もありますよ」

     トレードは球団同士が勝手にまとめるもので、藤浪の希望が通るわけではないが、これだけ評価される選手が2軍で油を売り続けるのも芳しくないだろう。
    コミッショナー自身、シーズン再開を宣言した折に、「プロ野球は夢を売る商売」と語っていたのだから。
    https://www.dailyshincho.jp/article/2020/05301101/


    【【野球】エモやん江本孟紀・阪神、藤浪晋太郎の「遅刻で無期限2軍降格」は時代遅れで意味なし! 罰金処分とトレードを提案!】の続きを読む


    ーズンゲームに出場するが、27打席ノーヒットなどの不振で引退することになった。 2006年6月、埼玉県三郷市に「松永浩美ベースボールアカデミー」を設立。阪神時代の後輩の鮎川義文(松永阪神時代に怪我で離脱中代わりに三塁を主に守っていた)と元ヤクルト投手の矢野和哉と共に小・中学生を対象としてプロ野球選
    28キロバイト (3,277 語) - 2020年4月7日 (火) 00:54



    (出典 i.daily.jp)


    確かに成功よりも失敗が多かったかもしれない。

    でも、柏原、田尾、平塚、古溝、大豊などは、
    個人的には阪神時代も好きですけどね。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/12(火) 18:32:53.30

    1950年、プロ野球が2リーグに分裂してから今年で70周年を迎える。数え切れないほどのドラマが生まれてきた中でも、1985年の阪神タイガースの日本一は未だに語り継がれ、その後の低迷期も含め、多くのファンの記憶に残っている。阪神はなぜ、栄光の日本一から一気に転落していったのか。ベテラン野球担当記者がトレードやFA補強に注目して分析する。(文中敬称略。年齢はその年の満年齢。名前は当時)

    「1985年の優勝は先頭打者の真弓明信、クリーンアップのランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の破壊力が群を抜いていた。これは衆目の一致するところでしょう。それに加え、ベテランの移籍組も要所で活躍していた。

     36歳の弘田澄男は前半戦、2番・センターで主軸につなぐ役割を果たし、日本シリーズでも全戦先発出場した。35歳の長崎啓二は右投手の時のスタメンや代打の切り札で欠かせない存在で、西武との日本シリーズでは第6戦で先制の満塁ホームランを放ち、日本一に貢献しました。同じく35歳の永尾泰憲は左の代打としてシーズン打率3割を超えました」(以下同)

     弘田は1984年にロッテから藤倉一雅、長崎は1985年に池内豊との交換トレードで、永尾は1982年に近鉄から金銭トレードで阪神に。30代半ばのベテランが最後の一花を咲かせていた。

    「1980年代に入ってから、阪神は実績のある選手をトレードで獲得していました。1983年に横浜大洋から野村収が加藤博一との交換で、1984年に南海から山内新一が無償で入団した。2人とも通算100勝以上の投手でしたが、1985年は野村が39歳、山内が38歳と全盛期を過ぎており、1勝ずつに終わりました。ただ、移籍1年目は野村が12勝、山内が7勝と復活しました」

     ベテランの獲得は即効性があり、短期間で見れば効果はあった。1985年の日本一で味をしめたのか、阪神は翌年以降も30代の選手をトレードで獲得していく。

     1986年、34歳の柏原純一は日本ハムから金銭トレードで移籍し、規定打席未満ながら打率3割1分3厘、17本塁打と相次ぐ故障に泣いた掛布の穴を埋めた。しかし、翌年からは低迷し、在籍3年で現役引退した。そして1987年には、優勝メンバーで26歳と脂の乗った吉竹春樹、23歳の左投手である前田耕司を西武に放出し、33歳の田尾安志を獲った。

    「1981年から4年連続3割を打っていた田尾は1985年、中日から西武に移籍。パ・リーグの水に合わなかったのか、2年間不振を極めた。それでも、阪神のフロントはセ・リーグに戻れば変わると見込んだのでしょう。しかし、1年目の成績は打率2割2分1厘とさらに落ち込みました。田尾は翌年、3本のサヨナラ本塁打を放ち、規定打席不足ながら3割を打って復活しますが、37歳の1991年限りで引退。吉竹は堅実な守備を売りに黄金期の西武で準レギュラーとして1995年までプレーしました」

    ◆トレードで放出した野田はオリックスで最多勝

     1987年は田尾だけでなく、打者も投手も全く調子が上がらず、勝率3割3分1厘で最下位に沈んだ。球団史上初の2年連続最下位に終わった1988年には31歳の金森永時が西武から、30歳の久保康生が近鉄から、1989年には31歳の住友一哉が近鉄から交換トレードで移籍。低迷にあえぐチームの中でそれなりの働きをしたように、この頃のトレード全てが失敗に終わったわけではない。しかし、1990年代に入ると補強の失敗がさらに目立ってくる。

    「阪神は1989年5位、1990年6位と下位に定着してしまいます。打開策として1991年にダイエーと4対5のトレードをしたが、結果的に大損した。ダイエーに行った池田親興は抑えとして復活を果たし、大野久は盗塁王を獲得した。南海時代2ケタ勝利を挙げていた藤本修二や西川佳明は1勝も挙げず、わずか2年で阪神を去りました。池田は1985年の優勝以降、伸び悩んでいましたが、大野久は村山実監督が和田豊、中野佐資とともに“少年隊”と名付け、1989年には3割を打っていた。我慢して育てた選手を放出したように、球団に一貫性がなかった」

     同じ1991年には、23歳の遠山昭治を出して、ロッテから33歳の高橋慶彦を獲得。しかし、高橋慶彦はオープン戦の始球式でタレントの山田雅人からデッドボールを食らったことが話題になったくらいで、打棒は影を潜めた。

    5/12(火) 16:05 Yahoo!ニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200512-00000014-pseven-spo


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    前田 健太(まえだ けんた、1988年4月11日 - )は、大阪府泉北郡忠岡町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのミネソタ・ツインズに所属。代理人はワッサーマン・メディア・グループ。メディア方面のマネジメント契約はアワーソングスクリエイティブ。愛称はマエケン。
    79キロバイト (10,291 語) - 2020年2月5日 (水) 03:52



    (出典 www.sports-new-book.com)


    裏で話があったのかはわかりませんが、メジャーのトレードは前触れなく、突然決まる印象です。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 かばほ~るφ ★ :2020/02/05(水) 12:33:47

    前田健太、電撃トレードでツインズへ…Rソックス・ベッツ&プライスがドジャース移籍の三角トレード
    2020年2月5日 12時14分スポーツ報知

    メジャーリーグ公式サイトなど複数の米メディアは4日(日本時間5日)、
    ドジャース・前田健太投手(31)がツインズに移籍すると報じた。
    キャンプインまで1週間ほどとなった中での電撃トレードとなった。
     
    マエケンのトレードの元となったのはRソックスのムーキー・ベッツ外野手(27)と
    デービッド・プライス投手(34)のドジャース移籍。
    18年に首位打者&MVP外野手のベッツ、通算150勝の左腕・プライスが、
    世界一を狙うド軍に加わることが、この日、明らかになった。
    Rソックス、ドジャース、ツインズの三角トレードとなり、Rソックスはツインズから若手有望選手を獲得する見込みだ。
     
    前田は16年からドジャースに所属。1年目に16勝を挙げて3度の2ケタ勝利をマークするなど、
    これまで4年間で47勝(35敗)、防御率3・87の成績を残した。4年連続でプレーオフにも進出。
    だが、2年目の17年からは、シーズン終盤やプレーオフになると中継ぎに配置転換されていた。
     
    1月17日に都内で自主トレを公開した前田は
    「先発投手として1年間ローテーションを守れるようにしっかり結果を残していきたいですし、
    やっぱり先発ローテーションを1年守ることが僕にとってはすごく大事になってきますし、目標になってくる。
    先発としてしっかり結果を残せるように頑張りたいです」と意気込みを口にしていた。

    スポーツ報知
    https://hochi.news/articles/20200205-OHT1T50044.html


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