高木 守道(たかぎ もりみち、1941年7月17日 - 2020年1月17日)は、プロ野球選手(内野手)・監督、野球解説者。愛知県名古屋市生まれ、岐阜県岐阜市育ち。 現役時代は中日ドラゴンズで活躍し、引退後はコーチ・監督を歴任した。初代・西沢道夫、3代目・立浪和義とともに、2代目「ミスタードラゴンズ」と呼ばれる。
42キロバイト (5,629 語) - 2020年1月17日 (金) 13:27



(出典 livedoor.blogimg.jp)


衝撃です。
とても悲しい衝撃です。

ドラゴンズの指揮官として元気にグラウンドで采配をふるわれていたのが、つい先日のように感じます。

最近もテレビ解説やラジオなどにも出演されていてお元気だったのに・・・・。

まだ早いですよ、残念です。。。

野球の道は虹色に輝く
管理人:kanpabelle

1 1号 ★ :2020/01/17(金) 21:44:22

 現役時代は中日の名二塁手として活躍し「ミスタードラゴンズ」と称された中日元監督の高木守道さんが17日、急性心不全のため名古屋市内で死去した。78歳だった。葬儀は家族葬で営まれる。

 2013年限りで中日の監督を退任していた高木さんは、ここまで大きな持病もなく元気に過ごしていた。今月12日には名古屋市のCBCラジオ「坂東サンデー」に出演。パーソナリィーで親友の板東英二さんとともに現役時代の思い出話を披露。同番組では来月15日に名古屋市内でイベントすることも告知されていた。

▼高木守道(たかぎ・もりみち) 1941(昭和16)年7月17日生まれ。岐阜市出身。県岐阜商から1960年に中日入団。同年5月7日の大洋戦で初打席初本塁打デビュー。63年に50盗塁をマークして盗塁王となり、以降65年、73年と計3度の盗塁王に輝いた。77年の4打数連続本塁打はプロ野球タイ記録。二塁手としてベストナイン7度、ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)3度。球宴出場4度。80年に現役引退。81年から中日コーチ、84、85年2軍監督。86年はコーチを務め、同年7月5日からシーズン終了まで代理監督を務めた。92年に中日監督に就任し、95年まで指揮を執るがシーズン途中で辞任。12、13年と再び中日監督を務めた。06年野球殿堂入り。現役時代は174センチ、72キロ、右投げ右打ち。

2020年1月17日 21時37分
https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/202001/CK2020011702100078.html


【【野球】中日・高木守道氏が心不全で急死。2013年まで監督を務め、現役時代は1番セカンドでチームを支えた】の続きを読む