江川は基本的に呼び捨てはせず「○○選手」「○○投手」といった呼称を付けている。 遠縁に元タレント・女優の江川有未がいる。 現役時代の江川のライバルとして西本聖がいる。元々は「空白の一日事件」で江川巨人に入団した際、球団が先発ローテーションの一角を無条件で江川
109キロバイト (17,396 語) - 2020年5月23日 (土) 07:36



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江川卓の投球集

(出典 Youtube)


昭和時代の「怪物」といえば江川投手ですね!

野球の道は虹色に輝く
管理人:kanpabelle

1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/23(土) 22:06:57.46

天才打者が元祖「怪物」について語る「江川さんがピッチャーでNO1だと思ってます」

読売巨人軍史上屈指の好打者と言えば、通算1696安打をマークした篠塚和典氏(1992年途中までの登録名は篠塚利夫)。
1975年のドラフト1位で銚子商から入団し、圧倒的な打撃技術の高さ、そして、華麗な守備で現役時代に多くの名シーンを生み出した。

Full-Countでは、天才打者が現役時代を振り返る連載「篠塚和典、あの時」を掲載中。今回は、篠塚氏が語る「江川卓の記憶」前編。剛速球と縦に大きく割れるカーブを武器に活躍した江川氏は、
わずか9年間という現役生活で通算135勝をマーク。高校時代から数々の伝説を作った元祖「怪物」について、篠塚氏は「ピッチャーでNO1だと思っている」と話す。

巨人ではチームメートとして江川氏と共闘した篠塚氏。だが、高校時代には2歳年上の「怪物」と対戦したことがある。その時の印象はあまりにも鮮烈だったという。

「対戦したのは高校の時。一番速い時期だったのではないかと。本人も言ってました。高校の時が一番速かったと。私は江川さんがピッチャーでNO1だと思ってますからね。
2試合しか対戦してないけど、こんなに速いピッチャーいるんだって思いましたよ」

プロに入ってからは、多くの名投手と対戦を重ねた。もちろん、高校生だったときに対戦した投手と、その後にプロで対戦した投手とを単純比較することはできない。
ただ、バックで守っていても、江川氏の凄さに変わりはなかったという。

「プロになれば、自分が速い球でもそういうふうには見えなくなってきているから、高校の時に江川さんを見た感覚とはちょっと違います。
でも、やっぱりいざという時の速さ、ランナーがスコアリングポジションに行ったときは凄かったですね。ランナーがいないときは大体7、8分(の力)で投げている感じ。
体の使い方を見ていると、それほど大きく使わずドローン、ドローンと投げるんだけど、セットに入って足を上げてからの速さは全然違いました。
ランナーがセカンドとかサードにいると、ギアが上がる。それはすごく感じました」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200523-00779139-fullcount-base&p=1
5/23(土) 7:10配信


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