野球の道は虹色に輝く@野球まとめ

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    タグ:読売ジャイアンツ


    2019新型コロナウイルス(2019-nCoV, SARS-CoV-2)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルス(SARSr-CoV)に属するコロナウイルスである。日本の国家機関や主要な報道機関は「新型コロナウイルス」と呼んでおり、「新型コロナ」と省略される場合もある。
    80キロバイト (9,054 語) - 2020年6月3日 (水) 14:24



    (出典 svcstrg2.navitime.jp)


    まぁ、検査をしていないだけで、
    我々も陽性の可能性はあるんですけどね。。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 jinjin ★ :2020/06/03(水) 18:30:21.77

    巨人は3日、坂本勇人内野手(31)、大城卓三捕手(27)が新型コロナウイルスの感染有無を調べるPCR検査で陽性と判定されたと発表した。
    同日、14時から東京ドームで開始予定だった西武との練習試合は中止となっていた。

    球団によると、全選手に行った抗体検査で判明。コロナウイルスの遺伝子量は微量で回復を示す抗体もあり、回復からすでに時間がたっているとみられるという。
    このため、ふたりは入院したが、管轄の保健所の指導に従い、PCR検査で陰性が確認でき次第、早期にチーム合流を目指すという。

    球団によると、ふたりは3月下旬以降、体調に問題なく、味覚、嗅覚等の異常もなし。
    検査前から2週間さかのぼり、行動を確認したところ、坂本は5月29日に友人と昼食を取った以外、外食も夜の外出もなし。
    大城も5月28日にチームメート2名と2時間、夕食を取った以外は外食も夜の外出もしていなかった。


    また、2選手のほかに2人のスタッフの陽性も確認された。


    https://news.yahoo.co.jp/articles/c654d4e0af5a36a52dddd225dd9dcd5731939997


    【【野球】巨人・コロナ微陽性の坂本、大城のほかにスタッフ2人の陽性も確認】の続きを読む


    坂本 勇人(さかもと はやと、1988年12月14日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 2016年にセントラル・リーグの遊撃手史上初となる首位打者を獲得。 小学1年生から野球を始める。昆陽里タイガースでは投手として、捕手の田中将大(現ニューヨーク・ヤンキー
    74キロバイト (8,957 語) - 2020年6月3日 (水) 09:21



    (出典 amd.c.yimg.jp)


    微陽性・・・・って、
    あまり聞かない言葉でした。

    かなり軽い症状なんでしょうかね。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 鉄チーズ烏 ★ :2020/06/03(水) 21:21:23.84

    6/3(水) 18:55配信 ABEMA TIMES
    https://news.yahoo.co.jp/articles/9a8f6dd46c176575afdca2e980f5cd8ea78d4884

     プロ野球・巨人は全選手を対象に行った新型コロナウイルスの抗体検査で陽性反応が出た選手・関係者4人に対してきのうPCR検査を行い、きょう坂本、大城の両選手に陽性反応が出たと発表した。二人の選手は無症状ということだ。

     球団によるとこの二人の新型コロナウイルスの遺伝子量(CT値)は微量で、正常値ギリギリの「微陽性」にあたるうえに、ともに回復を示す抗体を持っていることから、専門家は二人に対して「回復してかなりの時間が経過している」との認識を示している。

     なお二人は3月下旬以降、体調に何の問題もなく、味覚・臭覚の異常も感じていない。さらに検査から2週間前までさかのぼった行動履歴として、坂本は5月29日に友人と昼食をとった以外、大城に関しても5月28日にチームメイト二人と2時間、夕食をとった以外は外食も夜の外出も一切ないという。

     二人との濃厚接触者について管轄の保健所が特定を急いでおり、念のため幅広く検査を受けるべきとされた26人について、きょう夕方、医療機関にてPCR検査を実施する方針だ。

    ★1が立った日時:2020/06/03(水) 19:16:41.74

    前スレ
    【新型コロナ】巨人・坂本、大城は「微陽性」で夜の外出なし 専門家「回復後かなりの時間が経過」との見解 [鉄チーズ烏★]
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1591179401/


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    元木 大介(もとき だいすけ、1971年12月30日 - )は、大阪府豊中市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。野球指導者。 幼少時代は南海ホークスファンで、たびたび大阪スタジアムに足を運び、ホークス友の会に入会していた他、南海OBによって運営されていた少年野球チーム・ジュニアホークス
    28キロバイト (2,962 語) - 2020年5月25日 (月) 00:08



    (出典 i.daily.jp)


    2軍監督とヘッドコーチ!
    どちらも監督候補といえますよね。

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/02(火) 17:19:56.45

    巨人に「元木監督」は誕生するのか。昨季、5年ぶりのリーグ優勝に導いた原辰徳監督(61)が、まさかの“後継者問題”に自ら切り込んだ。任期は2021年シーズンまでで「ポスト原」の大本命は阿部慎之助二軍監督(41)ながら、元木大介ヘッドコーチ(48)の名前も浮上中。原監督、元木ヘッドが本紙に明かしたそれぞれの胸中は――。

    1日で最終回となった球団公式のインスタライブは、豪華ツートップの共演となった。撮影はめったに公開されない東京ドームの監督室で行われ、原監督と元木ヘッドが登場。指揮官は壁にズラリと額に収められた歴代監督の格言やサインを紹介しながら、不意にドッキリ発言を放った。

    「何か…ヘッドが次(の監督)を狙ってるって?」。ニヤリと笑った指揮官に対し、元木ヘッドは「いやいや…。(自分の額は)どこに張ればいいですかね?」と絶妙な切り返しを見せる場面もあった。

    本紙では今春キャンプ中に次期監督候補について阿部二軍監督を軸としながら元木ヘッドも急浮上と報じたが、これには後日談もあった。当の元木ヘッドは「東スポの記事で(自分が)監督どうのこうのって、バカか!」と笑顔で“ツッコミ”。本紙記者が「それだけ評価が高いんです」と返すと「高くねえわ!」と一笑に付した。

    しかし、実は原監督の考えはまるで異なるものだった。元木ヘッドは巨人一筋を貫いて現役を引退。長らくタレント活動も行ったが、指導者としての手腕だけでなく「生え抜き」という巨人軍監督としての“条件”も満たしている。今季からヘッドに抜てきした理由を原監督に直撃すると「私自身も1年間、彼に伝えて教育もしたつもりだから。信頼というものはお互いにあると思う」と説明。そして「元木ヘッドが監督候補になる可能性は?」との直球質問に対しては「十分あるでしょう。十分あるでしょう」と、うなずきながら2度繰り返した。

    そんな指揮官の意向を元木ヘッドに伝えたところ「東スポだから『あるよ』って言っただけだろ!?」とやはり意に介さなかったが、原監督の評価と信頼は絶大なものなのだ。

    この日のトークの終盤で、原監督はここまで元木ヘッドに采配を託していたことを初めて明言しつつ「練習試合、オープン戦、紅白戦。ヘッドが指揮を執った時はいつも負けてる感じがするよ。いつも阿部(二軍)監督の方が強いんだよな。練習等々は任せられても試合を任せるのはまだ早いかな。オープン戦はほとんどあなた。だから勝率が悪い(笑い)。よし、明日からは自分でやる。分からないことがあったら相談する。サポーターとしては最高!」と爆笑を誘ったが…。現状では阿部二軍監督がリードということなのか。今後も目が離せない。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/3290caad6e29ede01a2f54c4d2679e83db309a2f
    6/2(火) 16:30配信


    【【野球】巨人・原監督の後釜争い 阿部vs元木で一歩リードするのは・・・】の続きを読む


    沼田 翔平(ぬまた しょうへい、2000年6月24日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 旭川市立神居小学校では4年生に野球を始めるも、シラカバアレルギーを発症し、バレーボールに転向。6年生に永山ウィングのスパイカーとして全道優勝を経験。旭
    4キロバイト (312 語) - 2020年5月31日 (日) 10:20



    (出典 www.jiji.com)


    オープン戦とはいえ、かなり良かったですからね!
    おめでとうございます。

    もう育成にならないように頑張って!

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/31(日) 19:42:38.64

    北海道・旭川大高から育成ドラフト3位で2019年に入団

    巨人は31日、育成の沼田翔平投手と支配下選手契約を結んだことを発表した。背番号は「016」から「92」に変更される。

    沼田は北海道・旭川大高から育成ドラフト3位で昨年入団。同年はイースタン・リーグで3試合に登板し、9回を投げ2失点、防御率2.00の成績をマーク。

    今季は春季キャンプの途中から1軍に昇格し、オープン戦では6試合に登板し6回1/3を投げ4安打1失点、防御率1.42の好成績を残していた。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/0d8f344a86b0dc43743085443a0a04ab951bd759
    5/31(日) 18:55配信


    (出典 amd.c.yimg.jp)


    【【野球】祝!巨人、高卒2年目右腕・沼田翔平を支配下登録 OP戦では6試合に登板し防御率1.42 北海道・旭川大高から育成ドラフト3位】の続きを読む


    斎藤 雅樹(さいとう まさき、1965年2月18日 - )は、埼玉県川口市出身の元プロ野球選手(投手)、コーチ、監督(二軍)。現在は野球解説者。 サイドスローの投球フォームで1989年から1990年代中盤まで巨人投手陣を支え、2年連続20勝、11連続完投勝利を記録、平成初の沢村栄治賞を受賞し、史上
    32キロバイト (4,273 語) - 2020年5月10日 (日) 11:53



    (出典 i.daily.jp)


    まさにスーパーエース三本柱!!

    野球の道は虹色に輝く
    管理人:kanpabelle

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/28(木) 08:08:51.16

    新型コロナウイルスの感染拡大で、延期になっていたプロ野球の開幕が6月19日に決まった。セ・リーグは連覇を目指す巨人、昨年2位に躍進したDeNA、オープン戦でセ・リーグ1位の阪神、昨年の雪辱を期す広島、高津臣吾新監督を迎えたヤクルト、7年連続Bクラスからの脱出を図る中日が凌ぎを削る。野球担当記者が話す。

    「120試合制で時間制限も検討され、過密日程も予想される今年は、先発の役割が例年以上に重要になるでしょう。昨年は原辰徳監督が上手くやり繰りし、巨人が5年ぶりの優勝をしましたが、戦力的に圧倒しているわけではない。どの球団にもチャンスがあると思います」(以下同)

    巨人は今年のオープン戦16試合でわずか2勝、最下位に終わっている。昨年、2ケタ勝利は15勝の山口俊、11勝の菅野智之の2人だった。勝ち頭の山口が抜けた今季、菅野を刺激するような若手が台頭してくることが、連覇の鍵となるだろう。

    V9時代には堀内恒夫と高橋一三、1980年代には江川卓と西本聖という2枚看板がチームを引っ張っていた。1990年代になると斎藤雅樹、槙原寛己、桑田真澄という“三本柱”が君臨。そのため、チームは安定した成績を残してきた。

    1987年限りで江川が引退し、翌年オフに西本が中日にトレードされ、元号が平成に変わった1989年、斎藤が前年の6勝から20勝と飛躍し、桑田が17勝、槙原が12勝を挙げる。巨人は日本一に輝き、3人は三本柱と呼ばれるようになる。同年からの10年間で、3人は計351勝。このあいだ、巨人は優勝を4回した。

    「実は、3人が揃って1年間、活躍したシーズンはほとんどありません。3人とも2ケタ勝利を挙げたのは1989年、1992年、1994年の3度だけです。このうち、2度は優勝しています。

    ただし、1989年はオールスター直後に槙原がケガで離脱。1992年は桑田がチームの10連勝や7連勝を止めてしまい、連勝ストッパーと呼ばれるほど絶不調に。槙原も優勝争いの9月、10月で1勝もできず、チームは2位に終わりました。1994年は3人ともシーズンを通して働き、中日との最終戦、同率首位決戦で槙原・斎藤・桑田のリレーで勝った。この年、“三本柱”の印象が強くなったのだと思います」

    優勝した1990年は槙原がケガで戦列を離れており、4位に沈んだ1991年は前年まで2年連続20勝の斎藤が9勝に終わった。1993年はリーグ最下位のチーム打率2割3分8厘という打線の不振もあり、斎藤と桑田が1ケタ勝利に。1995年5月には桑田がヒジを痛め、翌シーズンまで棒に振った。

    「広島との11.5ゲーム差をひっくり返した1996年は、桑田だけでなく槙原も夏場に離脱しています。この年は斎藤とガルベスが16勝で最多勝を分け合い、“メークドラマ”を達成した。1997年の開幕戦で、斎藤がヤクルトの小早川毅彦に3連発を打たれ、このシーズンから全盛期ほどの活躍はできなくなります。翌年は斎藤10勝、桑田16勝でしたが、槙原はシーズン途中から抑えに回った。3人が先発ローテーションに入っていたのは、この年の中盤までです」

    3人同時に活躍したシーズンが少なかったとはいえ、1989年から1998年までの11年間で見ると、2ケタ勝利は斎藤が8回、桑田が7回、槙原が6回。3人同時の2ケタ勝利は前述のように3回、2人同時は5回、1人だけは2回。少なくとも三本柱のうち、1人はエースの役割を果たしていたのだ。この10年で、巨人のBクラスは2回のみ。甲乙つけがたい“エース級”が3人いたことで、大崩れしなかった。

    「3人のうち1人ダメでも、2人残っているという安心感が、首脳陣にも本人たちにもファンにもあったのではないでしょうか。その象徴が1994年の10・8決戦。先発の槙原は打たれたが、斎藤と桑田が好投して勝った。日本シリーズでは、槙原が2勝してMVPになって雪辱を晴らした。1人のエースが10年間、ケガなく絶好調を続けられることは、まずない。3人の誰がエースかという議論もありますが、この数字を見ると、お互いがお互いを助け合っており、まさに“三本柱”という表現がピッタリ当てはまるのではないでしょうか」

    これまでの実績を踏まえると、今年の巨人で2ケタ勝利を計算できるのは菅野しかいない。もし菅野が崩れると、ガタガタと大型連敗の可能性すらある。1990年代のように三本柱を形成するのは難しくとも、2年目の高橋優貴や戸郷翔征のような若手の台頭に期待したい。

    https://news.livedoor.com/article/detail/18323824/
    2020年5月27日 16時5分 NEWSポストセブン


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